ぱんとこめ

私、神奈川県でパンを売り、米を作っています。

福祉という仕事

国や自治体の予算の削減等で、いまだなお過酷な条件を労働者に課す、福祉関連の施設はおそらく多い。

 

実態はわからないが。

 

また、在宅での福祉が推奨されている。

この場合、福祉サービスを奉仕するのが、高い賃金で雇われた専門スタッフなら話が別だが、そうはいかない。

 

配偶者、むすこ、むすめ、ないしはその夫婦に奉仕して欲しいというのが、将来へのビジョン。

 

一方でひとの働き方に関する議論は至極粗末である。資生堂など、革新的な取り組みをしているパターンもありますが。

 

 

なぜ、いま福祉について書くか。

 

それは今日の、とある福祉施設での出来事。

 

コミュニケーションが、もはや容易に取れていないお父さん(80くらいか)は、かつてはバリバリの商社マン。世界を飛び回って、たくさんおかねも持っていただとか。

 

そのお父さんに施設のある人は話しかける、「〜さん、お金を持っていたなら、もっと早く知り合いたかった〜〜笑、昔はすごかったんだよね〜」と、過去を適度に回顧し、ほんの少しの笑い話にするしかないのである。

 

そう、前のようにこのお父さんは輝けない。

 

福祉の仕事とは非常にネガティヴで、その場凌ぎで、場末感を感じざるを得ない環境で働くことなのか、と思った。

 

死   に向かうのである。

 

死ぬことをネガティヴに評価はしていないが、なんか、つらい。

 

だから、福祉の現場でバリバリ働く人には、諦める  という、非常に難しく、かつ、シンプルな境地に達していないと、辛くてしかたなさそうだ。

 

 

日本の福祉の現場をささえる若者。あっぱれだ。

 

福祉、勉強してみようかな。